miriamsan’s diary

凹んでもすべては過ぎ去ります。大丈夫、緩めのブログでケ・セラ・セラ。

明るい牧師の静かな土曜日

【 超ポジティブな牧師ですが・・・ 】

牧師夫人が今回の入院生活に入られて、4ヶ月が経ちました。

6月いっぱい持つかどうか・・・。

との診断か出てから今日まで、奇跡的に回復の兆しをみせ、土日は外泊出来るほどになられました。

3月のあの日、危篤の知らせを受けて駆けつけた私の目には、息も絶え絶えで、痩せ細りベッドにうずくまるように痛み苦しみを堪えていた彼女。

先週、1泊だけの外泊をされた時は、
こちらの体調不良で会いに行けず、今回はと思っていましたら、今度は彼女の体調不良で外泊が出来なくなりました。

思えば5月に2回外泊され、その後疲れからなのか不調で6月は外泊無し。
7月になって2度目は無理だったんですね。

どうか来週の土曜日には、また元気に外泊出来ますように・・・。祈るしか出来ない。

『 牧師と結婚したかったのよ 』さぞかし、彼女の若い頃は可愛く綺麗で品のある女性であっただろうなと、想像するのですが、この言葉の通り大好きな牧師を見つけて(出会って)周囲の反対を押し切り、結婚されたそうです。

そしてすぐ、沖縄やフィリピンに渡航。
相当なご苦労があったでしょうに、全くそんな素振りはありませんでした。

日本に戻られてから、29年位になりますがこの間も、何度も乳がんを再発し除去手術を受けておられます。

それから、癌も脊髄に転移しその後体調が悪化した時が昨年ですから、今年に入って3月に多臓器不全となられた前後から、夫である牧師はずいぶんと、あれこれ気をもまれ夜も寝ない状態が続いていたのでしょう。

しばらくして親戚の方が来られたり、少し落ち着いて帰られた後は、止まり込める信徒さん達が交代で見守ってくださいました。

それでも牧師は、毎日病院に行かない日は無かったくらい、夫人の要望に懸命に応え飲めるもの、喉に通るものなどを差し入れし続け、この頃はやっと病院の食事を食べる事が出来るくらい回復されました。

この土曜日も、外泊の予定でしたが、急に体調不良になり外泊は延期となりました。

夫人の動きを見守り、支えるボランティアと言う事でどなたかが来られるのなら、密集してしまうから、遠慮しようと決めていましたが、
誰も行く必要が無くなった訳で、私たち一家で牧師を訪ね、一緒に昼食をとりました。


牧師はなんとなく寂しそうにみえました。

いつもなら思い切りニコニコしてずーっと話をし続けるのが、日常の様子なのです。

かれこれ30年近い付き合いです。牧師の家族も含めて、私たちは身内のような気持ちをいつも持っています。

・・・・・・『 少しは痩せて見えるでしょ?7kgくらい体重減らせたからネ。』

思っていても、言いませんでした。

牧師いわく、奥さんが入院してる内にダイエットしようと思って米飯はあまり食べてない。そうです。

🌿🌿

お昼ご飯を料理してくれたのは、私の母と娘でした。

娘はおばあちゃんに魚料理を習えて嬉しかったようです。
牧師が釣ってきた鯵や黒魚や他の魚を、潮汁や煮付けにしていました。

私が家から作って持ってきたものは、 野菜と牛肉のあん絡めと、ミニトマトのサラダ、そしてキウイのボウルケーキ。

娘が料理している間、私は孫ちゃんと遊びながら面倒見てましたので、特に牧師とゆっくり話す時間は無く、ただホントに昼食を一緒に過ごしただけの訪問でした。

孫娘ちゃんは、活発な女の子に成長しようとしていまして、広いお部屋に大喜びで踊ったり、笑ったり叫んだり賑やかに振舞っていましたけど、赤ちゃん時代のように、牧師に抱っこされたりとかはなく、
ちょっと素っ気ない態度。

まるで猫ちゃんのようにツンデレ?


ただ最後に食器の片付けをし終えた頃、牧師はひと息ついて・・・
『 ぁあ~私は幸せ者だな〜💕』
なんて、言ってくださいました。
すかさず、孫娘ちゃんも『 シヤワセッ💕』

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猫ちゃん見っけ!


🍃🍃

牧師から電話を頂いた時に、ちょうど昼ごはんの準備がほぼ出来た時だったのと、娘と孫娘ちゃんも来る予定だったから、お昼の場所が変わっただけで、私としては何にも考えずに動いただけ。

ピクニックに行くような気軽さで、行けるようになっている我が家のこの雰囲気は特別です。宝です。

入院中の夫人の事を思いながら皆、明るく振舞っている。アメリカ在住の娘さんとのテレビ電話をみると、さらに心強くなりました。

彼女の笑顔がとびっきり!

明るく優しかったから。